夜のガスパール * RAVEL 
Ravel 「夜のガスパール」~A.ベルトランによるピアノのための3つの詩
    "Gaspard de la nuit - 3 poemes pour piano d'apres Aloysius Bertrand" より 
        I  オンディーヌ ondnine
       III スカルボ   scarbo



「夜のガスパール」は音で書かれた「詩」であり幻想的な世界溢れる作品。

 「水の精(オンディーヌ)」は湖に住む純真無垢な妖精。
波の1つ1つ、きらめき、輝く滴、清らかな流れそのものが私であると彼女は言う。
星を散りばめた夜、人間に恋をしますがその男は人間の女性を愛していると告げ、
水の精は涙を流しそして窓に水滴を残して水の中へ戻ってゆく。

 「スカルボ」とは悪戯好きな地の精。
銀に光る月夜、部屋の隅の暗がりから笑い声が聞こえる。
鈴のついた帽子を揺らしながら部屋に現れ、巨大化したと思えば小さくなり
つま先で目まぐるしく駆け回って人の眠りを邪魔する。
消えては現れ、大聖堂の鐘楼を打ち鳴らすかのような存在を示し、
最後は炎が青白く燃え消えるように突然に姿を消す・・・。

 どちらも形がなく変幻自在で最後には消えてしまう奇怪さの裏に、
妖精達のまっすぐな純粋さや無邪気さ、その儚さが強く表れている。

                                 (プログラムノートより)





「夜のガスパール」とは
19世紀のロマン派時代、ボードレールに先立って散文詩を書いた
最初の詩人といわれるアロイジュス・ベルトラン(1807~1841)の
64篇から成る散文詩集のタイトルです。

この曲は、ベルトランの詩集を愛読していたラヴェルが、
その中の3つの詩(水の精・絞首台・スカルボ)からインスピレーションを得て作曲した作品です。


*ちなみに、「ガスパール」とは
キリスト生誕を悟り、祝福に訪れた東方の三賢者の1人の名でもあります。
三賢者は、博士、魔術師、占星術師などの意としてもとらえられ、
キリストに捧げ物を持ってきたことから、クリスマスプレゼントの起源になったといわれています。


ベルトラン詩集「夜のガスパール」より「オンディーヌ」「スカルボ」を紹介します。

オンディーヌ

「ねえ、きいて!わたしよ。オンディーヌよ。
陰うつな月の光に照らされたあなたの菱形の窓を、
水のしずくでそっとさわって鳴らしているのは。
そうしていま、お城の奥方は、波もようの衣装をまとい、
露台に出て、星をちりばめた美しい夜と、
静かに眠る湖をじっとみつめていらっしゃる。

波のひとつひとつが、流れのなかを泳ぐオンディーヌなの。
流れのひとつひとつが、わたしのお城へとうねっててゆく小径なの。
そうして私のお城は、水でできている。湖の底に、
火と土と空気の三角形のなかに。

ねて、きいて!わたしの父さまは、
緑の榛木(はんのき)の枝でじゃぶじゃぶ水を叩くの。
姉さまたちは泡の腕で、みずみずしい牧草や、睡蓮や、
あやめの茂る島々を愛撫したり、ひげを垂らして魚釣りをしている
しおれた柳をからかったりするわ。」

つぶやくような彼女の歌は、私にねだった、
オンディーヌの夫となるためにその指輪を私の指に受けよと。
そして、彼女とともにその城に来て、湖の王となるようにと。

そして、私は人間の女を愛していると答えたら、
彼女は、すね、くやしがり、しばらく泣いてから、ふと笑い声を立て、
にわか雨となって、私の青い窓ガラスをつたって白く流れて消えてしまった。



スカルボ

おお、いくたび私は聞き、そして見たことだろう、スカルボを。
月が真夜中の空に、金の蜜蜂をちりばめた紺碧の旗の上の、
銀の楯のように光るそのときに。

いくたび私は聞いただろう、
私の寝台のある隅の暗がりのなかで騒々しく笑うのを。
そして私の寝床のとばりの絹の上でその爪をきしませるのを。

いくたび私は見ただろう、
天井から飛び降りて、魔女の紡錘竿(つむぎざお)から転がり落ちた紡錘(つむ)のように、
部屋中をつま先立ってくるくるまわり、転げまわるのを!

あれ、消えた?と思ったら、小鬼は、月と私のあいだで大きくなりだした。
ゴティックの大寺院の鐘楼みたいに!
とんがり帽子には金の鈴がゆれて。

でもすぐにかれの身体は蒼ざめ、ろうそくの蝋のように透きとおった。
かれの顔は燃え残りのろうそくのようにうす暗くなった 
― そして突然、かれは消えた。





(H・ジュルダンーモランジュ著 「ラヴェルと私たち」(安川加寿子、嘉乃海隆子共訳)より)