historia * History

* アウシュビッツ -Oświęcim-

今年のセミナーにはアウシュビッツに行く予定は組み込まれていませんでした。
けれど、ここまで来て行かないのは・・・という思いがみんなの中にあり、
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クラクフ観光の前日の夜に、クラクフは見れなくてもいいから自分達でタクシーで行こう!ということになりました。
当初お姉さまチーム?→の4人だけで行くつもりでしたが、他のみんなも行きたいということで、結局全員で。
クラクフをガイドしてくださる予定だったアンナさんに会った途端に「ごめんなさい・・・」と事情を説明すると、彼女も一緒に来て下さることになり大きなタクシーの手配やアウシュビッツでのガイドもしてくださいました。


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Arbeit Macht Frei(働けば自由になる)
と書かれた門
アウシュビッツはポーランドではオシフィェンチムOświęcimと言うそうで、すぐ近くにもビルケナウというさらに大きな収容所があります。広島の原爆もつらい歴史ですが、こちらはじりじりとした苦しみが大きい分、とても重い気持ちになりました。
到着して、その広さに驚きました。いくつもいくつも棟があります。
電車1~3両分くらいの部屋に、自分の背丈の上までいっぱいに積まれた靴ばかりの部屋、かばんばかりの部屋、、めがねの部屋・・・・進むにつれてみんなどんどん無言になってしまいました。
75kgで入所した人が、1ヶ月で25kgになってしまった写真などもたくさんありました。
ベットも布団などなく硬い床の上に布があるだけ。
地下牢などはその暗さと湿気、暗い石の壁に押しつぶされそうでした。
立ち牢といって、日本の公衆トイレよりも少し狭いくらいの広さの場所へ4人いれられて、毎日そこで立ったまま寝なければならない人達もいたそうです。ガス室や遺体焼却炉の部屋にも入れました。
「死の壁」という銃殺場へ行く廊下を説明してもらいアンナさんが先導されましたが、足が動かなくて・・そこに入っていくことができませんでした。

どうして同じ「人」がこんなことをできてしまったのだろうと、信じられない思いで本当に悲しくなりました。悲しいという言葉では表現しきれませんが。。  日本に帰ってこんな本を読みました。
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ビルケナウ電流が流れていた鉄線で
囲まれています
冬でも薄い生地の1枚の服に素足
だったそうで点呼だけで
丸1日かかったそうです。


* クラクフ -Kraków-


クラクフは17世紀までポーランドの首都であり、日本で言うと京都のような街。ワルシャワ、ウッヂに次ぐ大きな都市でヨハネパウロ2世さんが通った大学や大司教を務めた教会のある地でもあります。
ワルシャワから南へ電車で2時間半くらいです。上記の通りアウシュビッツまでいったのでクラクフの観光は1時間ほどしかできませんでしたが、ここはワルシャワと違って戦災に合わず中世からの街並みが残っていて世界遺産となっているため、教会の石の壁の欠け方などにとてつもなく長い歴史を感じました。
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*ヴァヴェル城の大聖堂。
裏手にはオスカー・シンドラーの
住居があったそうです。
*ヴァヴェル城旧王宮の前で。左端がアンナさん。ポーでは彼女とアリちゃんと2人のガイドさんにお会いしましたが、日本人よりも日本人らしい・・という感じで丁寧でしとやかな素敵な方々でした。*ヴァヴェルの塔
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*ヴィスワ川。ワルシャワまで続いている同じ川です。下に小さく龍の石像が写っています。龍はクラクフのシンボルだそう。ワルシャワには人魚がいましたし・・水に関係するものが多いのですね。*街には時々馬車が!ショパンの時代は
馬車の時代。石畳をゆく音や揺れも
曲の中に入っていることでしょう。。
*お昼はタクシーの中でサンドイッチのみだったのでみんなペコペコでした。
やっとご飯!優雅なピザハットです。
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*このどちらかの教会がすごく古くて13世紀くらいと言っていたような。。。
忘れちゃいました。ごめんなさい。。たぶん左?
*聖マリア教会。
ここは中がすばらしいそう。
ラッパで有名な教会です。

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