Wiedeń * Vienna
9~12 Feb 2006

* 1st dayシュテファン寺院 ~ フィガロハウス ~ ウィーン国立歌劇場 *
* 2nd day中央墓地 ~ カール教会 ~ シェーンブルン宮殿(宮殿・CAFFE・コンサート) *
* 3rd day
*
美術史博物館 ~ ホーフブルク ~ シシィ博物館 ~ 
ベートーヴェンハウス ~ ヴォティーフ教会 ~ シュテファン寺院
 *
 *
* departure dayウィーン川 *


日目

「なおちゃん優雅に泣いてないでこれから1人なんだよ!
と、ウィーン空港で泣きながらみんなと握手していた私に言った友の言葉で始まった1人ウィーンの旅。
ウィーンで会う予定だった友人は私がポーにいる間におばあちゃんが危篤で日本へ帰ってしまったのです。
ゲートを出て、とりあえずトイレにスーツケースごと30分ほど引きこもって作戦タイム。。
ホテルに到着するまでの電車では不安と寂しさとポーへの郷愁で泣く。。。汗(だらだら)

日本でもポーでのセミナー中も、プランを立てる時間が結局なかったので、
お気楽ぷらぷらな3日間となりましたが今では良い思い出満喫できました☆
 wrote in April 2007


 シュテファン寺院  Stephansdom

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この教会はかつてショパンも訪れた教会で、ウィーンの真ん中にあります。
セミナーのみんなとは空港で別れ、1人でウィーンに出て
私は即効ワルシャワが恋しくなってしまいました。
窓から見える風景がちがう、空が違う。。
「国」は建物に表れるのを感じ、寂しさを感じる中、無性に教会へ行きたくなり、ホテルについてすぐにシュテファンへやってきました。
「教会」という場所だけは、国が違っても世界どこでも繋がっているような気がしたのでした。


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ショパンも、祖国を離れてまずウィーンへ行きそれからフランスへと渡っていきました。
1830年のウィーン滞在中のショパンは、彼の人生ではかなりの激情を抱えた特別な時期であり、その時期の手紙も曲も激しい悲しみや寂しさが表れています。

クリスマスの夜にシュテファンに立ち寄ったショパンも、祖国と繋がりを求めて教会にいたのかも・・と思いました。(この日のショパンの様子は日記にて)
それは私のその日の「寂しい」とは比べものにならない大きな感情だったことでしょう。。。
教会はすごく豪華でびっくりしました。ポーの教会とまた全然違う細かい装飾。
そして、祈りの場という雰囲気ではなく観光地となっていて、人はたくさんいるけれどお祈りしている人がほとんどいない所もポーとは違うなぁ。。と感じながら1時間ほど滞在しました。

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ここの教会には偶然ウィーン滞在最終日の夜にも通りかかってミサに参加したので、
最初も最後もここで過ごすことになりました。

ミサはさすがに人がいっぱいでした。
最終日は誰とも話していなかったのもあって、
ミサで周りの人に会釈する場面ではなんだかほっとすることができました。

* topへ *  wrote in June 2006



 フィガロハウス Mozarthaus Vienna

モーツアルトが3年(1784~87年)住んだ、"フィガロの結婚"を作曲した家で
今は博物館となっています。
シュテファン寺院のすぐ裏、歩いて5分くらいですが、だいぶ迷いました。

写真を撮るのは忘れてしまいました。
私は博物館よりも、そのアパートメント自体が印象に残っています。
そんなに広くない普通の部屋。階段もごく普通の幅。
本当にごくごく普通のマンションという感じでした。

ここも数ヶ国語(日本語あり)のガイドプレーヤーを貸してもらえ、それを聴きながら歩きました。

* topへ *  wrote in sep 2007




 ウィーン国立歌劇場  Wiener Staatsoper

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未計画な行動だったので
スーパーの袋持ったままです
クロークで預かってもらえました(笑)
シュテファンの後、開演時刻前にたまたまオペラハウスの前を通りかかり、
モーツアルトの格好をしたダフ屋さんに話しかけられました。
最初は観るつもりはなかったのですが、フィデリオだったし良い席だったので、
交渉して少し安くゲット♪
オペラを観ることになりました。

しかしこれまたあらすじを3行くらいしか覚えていない。。 
今度は席の前に英語の字幕が出るけれど、読みながら聴くのは疲れてきてとうとう読まなくなりました

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でもウィーンフィルの音には感動でした。
オケでこんな演奏を聴いたのは初めてでした。
ソロのように音の表現密度が濃いのです!
あのような演奏は、団員の1人1人がソリストとして通用するくらいでなければでてこない音ではないでしょうか。
全ての楽器、旋律が音楽的でした
素晴らしい演奏者各個人が持つ音楽がそれぞれ自由に歌われ、その自然な呼吸が結集されているように感じました。
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5回目くらいの拍手です

途中に挿入されるオケのみの20分ほどの序曲は大感動な演奏で、
細かい物語が分からなくてもこれを聴けただけで大満足でした
隣に座っていたウィーン人のおじちゃんは、30年前に日本に来たらしく、
上機嫌によくしゃべる方で、休憩時間も楽しく過ごせました。
彼は終演後感動して号泣していらっしゃり周りもスタンディングオーベーションの嵐で閉幕となりました。

そんな事情で、初日から23時過ぎのウィーンの街を30分ほど1人歩いてかえることになりました
風が吹いていたのでワルシャワよりも凍えるほど寒かったですが、無事ホテルまで辿り着けました。

* topへ *  wrote in June 2006



日目、ホテルの朝ごはんを食べながらその日の計画をなんとなく立て、
午前中は中央墓地へ、午後はシェーンブルンへ行く事にしました。

ちなみに滞在したホテルはRennwegという駅にあった
Artisというアメリカンスタイル(日本のビジネスホテルのような感じ)のホテルで、
空港からSバーンで20分くらい、Sバーンでミッテ駅まで5分くらい、リングへはトラムを利用して5分くらいなど便利な場所でした。
日本からネットで予約して決済もすませ、プリントアウトした紙切れ1枚をもって行くだけだったので不安もありましたが大丈夫でした♪
フロントのお姉さんはいつも親切で電車の路線や時刻や周り方など色々と教えてくださいました。
墓地へは、「中央墓地」という名の駅(Zentralfriedhof)の2つ目(Zweite Tor)で降りると便利といわれました。
ホテル近くのトラムの駅(Renweg)から20分くらいでした。

* topへ *  wrote in April 2007



 中央墓地 Zentralfriedhof

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ここにはベートーヴェン、シューベルト、シュトラウス(父&子)、ブラームス、グルックのお墓と
モーツアルトの記念碑があります。

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ベートーベンのお墓モーツアルトの記念碑。モーツアルトは遺体が不明なのでお墓はありません。シューベルトのお墓。
白鳥の彫刻があります。
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シュトラウス(子)、ブラームスのお墓普通の方のお墓はこのような感じです。
おじゃましました~。


作曲家が集まっておしゃべりしているかのように
モーツアルトの記念碑を囲むようにこれらのお墓がありました。
ここには、その後の数々の音楽家も訪れたことでしょうから
そう思うと感慨深いものがありました。

お墓に行くと、少しその作曲家と近づけ、挨拶できたような気分になります。
またゆっくり行きたいです。

* topへ *  wrote in oct 2007



 カール教会 Karlskirche

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トラムにまた乗り、Uバーンに乗り換える駅まで行く途中、きれいな教会の屋根が見えたので降りて歩く事に。
行ってみるとカール教会で、ウィーンでもっとも美しいといわれるバロック教会だそう。

天井まで鉄の棒で組み立てられたエレベーターが設置してあって
天井のフレスコ画が間近で見れました。
近くで見るととっても大きな絵。
描く人は全体バランスをどうやってみながら描いたんだろうと・・
かけられた時間の多さを感じました。

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隅に見えるものがエレベーター
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パイプオルガン


* topへ *  wrote in sep 2007



 シェーンブルン宮殿 Schloss Schönbrunn
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Uバーンに乗ってシェーンブルン宮殿へ。
駅の周辺で「入り口はどこ?」と6人連れの方々に尋ねられました。
もちろんわかりません(笑)
私もうろうろしていると、「こっちみたいだよ」と結局連れて行ってもらうことになり、1日共にする事となりました♪
スペインから(3人)とブラジルからのご一行さんで、彼らもホテルで知り合ったそう。話し相手ができてよかったです♪チケットを一緒に買ってくれたり、安くなるよう交渉してくれたりもしました(^m^)

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宮殿内部は撮影禁止だったので写真がありませんが、こんな感じでした。(ポストカードです←)
ここはワルツが踊られていた踊りの間です。
部屋には大きな絵画もたくさんあって、マリーアントワネットとモーツアルトの幼い頃のものもありました。

この後は夜のコンサートの時間まで彼らと別行動をすることにし、グロリエッテ前までやお庭を歩き周りました。

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時計グロリエッテ庭園

宮殿前の庭園は1周すると歩いて2時間くらいかかるでしょうか。
温室や日本庭園もありました。春や夏はさらにキレイでしょうね♪
もう1度行きたいです。

その後は近くのビアハウスで食事をし、シュトラウスのCAFFEへ。


* topへ *  wrote in April 2007



日目

シシィ博物館 Sisi Museum

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陶器の暖房器具
この中に炭を入れて部屋が暖められます。
オーストリア国王フランツヨーゼフの后、エリザベート(通称シシィsisi)の博物館に入りました。

オーストリア国内では浪費などで批難を浴びていた彼女ですが、ハンガリーでは慈善事業に取り組み国民に慕われていたそうです。
このとき私は彼女についてほとんど知識がありませんでしたが
博物館の案内プレーヤーで彼女の心の声をきいていると、
献身的で慈愛のある人間らしい女性であるように感じました。

この時代は少し前のマリーアントワネットにしてもそうですが、
市民の不満が宮廷に向けられる事が多く、たくさんの噂も飛び交っていたのでしょう。
真実は誰にも分かりませんが。。
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ナプキンの芸術♪
宮殿内部の装飾や調度品はどれも豪華で輝かしい、美しいものばかりなのだけれど、
必要以上であるようにも感じ、私はそれらを眺めていて
綺麗さに対する喜びと同時に、むなしさや寂しさも覚えました。
宮殿の中で暮らす事は、とても長い時間と、寂しさと、しきたりと・・つき合わなければならなかったのではないでしょうか・・
前日シェーンブルンの広い広い空間やお庭に立ち、そんなことを思ったのを思い出しました。


市民の間の貧困も大変なことですが、人それぞれ生まれ落ちた環境の中での苦労は変わらないと思いました。


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* topへ *  wrote in April 2007







 ベートーヴェンハウス(パスクァラティハウス) Pasqualatihaus

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フィデリオの表紙。
自筆譜は走り書き風。
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てくてく歩いていてここはどこだろうと地図を見ると、ベートーヴェンハウスのちょうど前にたっていました
寄ってみることにしましたが、見渡しても看板も何もないし、入り口も分かりにくいので、誰も気付かなそうでした。

1階に記念グッズのショップがあって、真っ暗な、二人やっとすれ違えるくらいの幅の螺旋階段を上がっていくと5階が記念館になっています。
1804~8、1810~14年に彼が住んだ家で、交響曲4,5,7,8番、告別ソナタ、ピアノトリオなどなど、ここで作曲されました。
モーツアルトの家よりもさらに普通の部屋。床は板がきしきしする感じ。天井も低めで、
日本のマンションをもう少しこじんまりした感じでした。
お客さんは私しかいませんでした。
自筆譜はモーツアルトやショパンとまた全然違って、ほとんどの線や音符の丸が流れ気味。
音がよく分からない譜もありました。
急いで書いたのか、普段からそうなのか、、 どちらにしても
待っていられない?ような・・・彼の性格が表れているように思いました。^^

ショパンの部屋は家具が置いてあったり、壁もきれいに飾られていましたが
こちらの部屋はどちらかというと殺風景で
家具が少ないからだけでなく、壁やドアの装飾もほとんどありませんでした。

btp

大きなベートーヴェンの肖像画に見つめられながら30分ほど滞在しました。
窓からは壮麗なウィーン大学が見えました。

* topへ *  wrote in sep 2007