Chpin’s Footsteps

 ショパンの生家 ウォンチニスキ家  The Chopin's house Łączyński in Żelazowa Wola

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ジェラゾバヴォラにあるショパンの生家へも行きました。
ワルシャワから車で1~2時間くらいで、移動中はのどかな広い風景でした。

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ピアノも展示してありましたが、黒鍵の幅が狭くて長かったです。
これなら黒鍵のエチュードも弾きやすい??
オクターブも届きやすいので白鍵も少し狭いようでした。
ピアノの高さも低いので、弾く姿勢も現代とは異なってきますね・・・

※追記 このピアノに関してプレイエルと記憶していた私たちでしたが、そうではなく
19世紀のワルシャワのピアノ会社、F・レシチンスキ社製だろう、ということになりました。
(参照:「ショパンへの旅」足立和子(2000年発行)
ちなみに、鍵盤の幅に関する質問をお受けしましたが、
こちらのピアノは確実に現代の物よりも幅が狭かったです。
プレイエルに関しましては、実際の19世紀のプレイエル社製を弾いたことがありますが、
グランドピアノは現代のピアノの幅と同じように感じ、アップライトに関しては少し狭く感じました。
ショパンはワルシャワとウィーンにいた時代は、ウィーン式のアクションのピアノを使っていたと
聞いています。(プレイエルはイギリス式アクション)



ショパンのお気に入りのピアノはプレイエルでした。
プレイエルに関するショパンやその弟子、リスト達の言葉が残っています。

「気分のすぐれない時はエラールのピアノを弾きます。これだとすぐに完成された音が出せますからね。でも元気があって自分だけの音を出してみたいなと思うときは、プレイエルが必要なのです。」 
カラソフスキが聞いたショパンの言葉

「ショパンは少しやわらかくヴェールがかったような、銀のような音色のタッチの軽いこのプレイエルピアノをとりわけ愛用していた」 
リストの言葉

「ショパンは極端に強いピアノの音には耐えられなかった。そんなものは「犬の吠え声」だと言っていた。昔は楽器も小さくて華奢なものだったから、フォルテを引くと本当に不快な音がしたのである。」 
ミハウオフスキによるミクリの言葉
* ミハウオフスキはミクリの弟子、ミクリはショパンの弟子です。
「弟子から見たショパン」より

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CIMG1400.jpgここのKAWAIのピアノで
パレチニ先生門下のポーランドの女の子の
演奏を鑑賞しました。

ショパンの書いた絵↑や手紙もありました。
手紙は丁寧な装飾文字、直筆のイラスト→
が書かれていました。
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生家の裏庭にはショパン像。雪に埋もれてひっそりとたっていました。
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 ショパンの家 カジミエーシュ宮殿とクラシンスキ(チャプスキ)宮殿
   The Chopin's 2 houses in Warszawa 

CIMG1448.jpgワルシャワ市内のワルシャワ大学内にもショパンが住んだ家が残っていて、今は教室になっているみたいです。(左写真)
7歳から17歳まで住んだそうです。

右下写真は聖十字架教会の隣の隣にあり、その後20歳まで住んだ家(2階)とその部屋です。(現在は美術大学)
コンチェルトなどのワルシャワ時代の作品の数々はここで生まれました!

案内のおじさんは、「ポーランド語?ドイツ語?」と言う風に質問してこられましたが、私達は「only English。。」だめだこりゃ~という素振りをされましたが、
結局おじちゃんはがんばって英語で解説してくださいました。
さすが、ショパンに関する年代を全て覚えていて、家族のことなどたくさん説明してくださいました。
でも戦争の話になって家が壊れる話になってくると興奮してきてドイツ語になってきてました。。。
「全部壊れてしまったんだ・・」というくだりではいつもとても悲しそうな顔をして全身で表現されていました。
写真の通り、国民の手によりここもきれいに復興されているので、私達は当時のショパンに思いをはせることができました。

ここの窓からは当時からある教会が2つ見え、前の通りを歩く人を眺めながら、ショパンが見た風景を思い浮かべました。
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この写真の左奥には当時上への階段があって部屋があったそうです。



 ショパン協会(博物館)

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ショパンアカデミーのすぐ斜めうしろには、ショパン協会がありそこはミュージアムになっています。そこで見たショパンのパスポートによると、身長は170cmだったそうです。
ショパンの手形もありました。小指がとってもながくて指は細め。
私より少しだけ大きいくらいでした。よく小さいと言われるショパンの手ですが、そんな事はないと思いました。楽譜から音符を拾っていても、10度は普通に届いていたことが分かりますし・・なぜそのような噂が広まったのでしょうね?リストより小さかったからでしょうか。
デスマスクもありましたが、本当はもっと苦しそうな顔をしていたものを少し穏やかに作り直したものだそうです。
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これはジェラゾバヴォラでで撮った
自筆譜です。
自筆譜や手紙もたくさんありました。
20歳くらいまでの手紙はとてもきれいで丁寧な字で、晩年になると走り書きになり、行も少し斜めになっていたりして(若い頃のものにはそういうものはありませんでした)病気による呼吸の乱れを感じました。
楽譜も細かく丁寧に書いてあり、ペダルの指示やデュナーミク、アクセント記号などももちろんそのままでした。
ウィーンではモーツアルトとベートーヴェンの自筆譜を見ましたが、
それぞれ特徴的で性格がよく出ているように感じました。

wrote in Mar 2006

Phrase >> Akademia Muzyczna im. Fryderyka Chopina >> Slad * ショパンの足跡


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